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第369号 講演会、行って来ました!

こんばんは。パピーいしがみです。

7月19日(昨日)、長野で行われた、ひまわりのかっちゃん講演会、行ってきました。

私は「ひまわりのかっちゃん講演会」なんて勝手に言っていますが、本当のタイトルは、“西川つかさ先生講演会&第3回「私が一番受けたい授業」公開授業”です。

皆さんから、「どんな講演会だったか教えて!」とお願いされていましたので、今日は、その内容についてお話させて頂こうと思います。

まず、今回の講演会の主催は、長野県上田市にある、上田情報ビジネス専門学校、という、約360名ほどの生徒さんがいらっしゃる、専門学校さんです。

長野の上田市に立派な校舎があるのですが、この学校、校長先生である、佐藤さんという方が、そろばん塾から一代で、ここまで築き上げたのだそうです。

佐藤さんは、すでに御年84歳。

細身でありながら柔和なお顔。そして、腰もピシッと伸びて、とても80歳を越えているようには見えません。

今でも、ご自分で車を運転されて長野市の学校周りを欠かさないのだそうです。(車だってつつましいんです)

私がすごいな~、と思ったのは、立派なビルを二つも建て、職員(先生)や職員も沢山おられるのに、

私達若造(84歳からすれば私も若造ですよ ^^)にも偉そうな顔、一つなさらない。

それどころか、講演が終ったらすぐに、出口に降りて、暑い中、お帰りになる皆さんに、深々とお辞儀をしておられました。

なかなかおられないですよ。こういう方は・・・。

あ、そうそう。講演されたのは、この校長先生ではなく、就職課・専門課程主任の比田井和孝さん。たしか広報担当もされている・・・。とお聞きしました。

この比田井さんが、第3回「私が一番受けたい授業」公開授業として「すべては子供達の幸せの為に」というタイトルでお話くださいました。

どうやら、この比田井さんの公開授業は、とても有名らしく、「是非、ウチの生徒達にも!」と、全国から授業依頼が絶えないそうです。

今回、主催をされた、上田情報ビジネス専門学校には3つの約束、というのがあって、それが生徒にも、先生にも根底にあるんですね。

この3つの約束というのが、「あいさつ・掃除・素直」。これも、この比田井さんが、導入し、徹底をされたようです。

とにかく熱い方で、この熱心さと行動力が、多くの方の心を捕まえているように感じました。

講演が終ったあと、西川さんも含め、食事(ほとんど飲み会)に誘われ、同席させて頂いたのですが、比田井さんの携帯に何度か電話が入ります。

慣れた感じて、サッと席を外され、電話に出られている様子を見ると、生徒さんからも夜昼関係なく、頻繁に携帯に掛かってきて、誠心誠意対応されているんだろうな~、なんて、感じました。

(比田井さんは、ウーロン茶でした)

そして、ここは、他校の先生方が見学にくるほどの学校らしくて、この多くの方がこの比田井さんの行動力や人柄に魅力を感じているらしく、たまたまこんな、参加者の声を耳にしました。

「いえいえ、わずか、2時間半のドライブですから・・・」埼玉県から来られた女性の先生でした・・・。

ここまで人を動かしてしまう方なんですね~!びっくりデス。

さて、比田井さんのお話も、沢山お伝えしたいのですが、今回は、西川つかささんのお話をメインでしますね。

本文の中に、「西川さん」「かっちゃん」と、2種類の表記をしていますが、同一人物です。

プロの作家になられてからを「西川さん」。それまで、しゃにむにがんばっている時代を「かっちゃん」とさせて頂きました。

ここから・・・・・・・・・・・・

このメルマガをお読みいただいている方は、きっと「ひまわりのかっちゃん」をお読み下さっていると思います。

ひまわり学級にいた、かっちゃん(西川さんご本人)が転校を期に、森田先生と出会い、1+1=が分からなかったり、ひらがなが書けなかった子が・・・、

跳び箱も飛べない、逆上がりもできない、キャッチボールもできない、できないずくしだった、10歳の男の子が、みるみる自分の能力を開花させ、勉強でも、運動でもクラスで1番になっていく。

森田先生の教育方針が、1人のひまわり学級の男の子を、スーパーマンに変えていく(ように私には感じました)そのドキュメンタリーです。

その森田先生の教育方法が、まさに「認める」「褒める」「包む」。

このメルマガを読んで下さっている方には、とても参考になる具体的な事例がいっぱいで、その上、すばらしく感動的な内容に、少々強引ではありましたが、「絶対!読んでください!」ってお願いしたのでした。

そして、今日の西川さんの、講演会のタイトルは、「何があっても大丈夫」-こうすれば子は育つ-でした。

「ひまわりのかっちゃん」で紹介してくださった、幼少期~少年時代。そして、小学校を卒業して中学、高校時代の話。

高校を卒業されてから、大学進学・・・世界中を放浪した話。日本に帰ってきて、作家になるまで。

それから、このメルマガでもご紹介しましたが、娘さんの話。「こうすれば大丈夫!」を約2時間。予定時間を大幅にオーバーして、お話くださいました。

西川さんには、少年時代、森田先生から教えてもらった、忘れられない一つの言葉があります。

それは、“体で覚えろ!”です。

ひらがなが書けないかっちゃんに、森田先生は黒板の真ん中に線を引き、一緒に「あ」を書く競争をします。

「よ~い、どん」で書き始め、口にしながら何度も何度も何度も書きます。

黒板いっぱいになったら、「どうだ、先生が早かったぞ!もう一回やろう!」と言って全部消し、又、真ん中に線を引き、口で言って書く・・・それを繰り返します。

何度も何度もやって、手が疲れて、へとへとになった時、ひらがなが分からなかったはずのかっちゃんは、「あ」が書ける様になっています。

西川さんは、才能があるとか、無いとか関係ない、頭が良いとか、悪いとか、関係ない!と言います。「体で覚える」これが出来るか出来ないかなんだ!と言うのですね。

そして、この方法は、こんな場面でも応用できたのでした。

それは、脚本家の登竜門、ニッポン放送「夜のドラマハウス」脚本公募での入選です。

実は、西川さん、今では“お母さんといっしょ”や、“まんが日本昔話”など、メジャーなテレビ番組の脚本をお書きですが、決して脚本家になる為の勉強や、小説を書いたりしていた訳ではないんですね。

小学校を卒業した、かっちゃんは、中学に入るのですが、その頃から、親とうまくいかなくなります。

あれだけ素晴らしい成長を遂げたかっちゃんですが、中学・高校時代はぐれにぐれるんですね。

このあたりは、「青春 ひまわりのかっちゃん」に詳しく書かれています。

http://item.rakuten.co.jp/book/5760845/

北海道から出たくって、東京の大学に入ります。ところが、大学に入っても学校なんかは行きません。

バイトに明け暮れ、そのうち、大学も辞めてしまいます。それを聞いた、お父さん、お母さんはかんかん。

もうお前なんか・・・親でもなけりゃ、子でもない!!!って勘当されてしまうんです。

その時、かっちゃんが思ったのは、「なんだ、今度は勘当かよ!俺がこうなったのも、すべてあんたら(親)のせいじゃねーか?!」って。

そして、「そんならもういい。外国へ行って派手に死んでやらあ!」って親への復讐のつもりでアメリカへ行くんですね。

でもその当時のアメリカってひどい人種差別があって、白人、黒人、メキシカン・・・日本人ってその下の扱いだったそうです。

だから、ろくな仕事もないし、それはひどいもんだったそうです。

それでも、しばらくアメリカで過ごし、アジア各国を放浪する生活が続いたのです。

そんな底辺の暮らし(とご本人は言われていましたが)をしていると、同じような生活をしている人たちと友達になったり、ネットワークが出てくるのだそうです。

ところが、その中で、1人減り、2人減り・・・。減っていく人は麻薬などでの中毒死。それが定番だったのですね。

そこで、これじゃあ、いかん。日本に帰り、何か仕事は・・・と探します。

放浪の経験を生かして、旅行作家になろうか?と考えていた時、ある本にめぐり会います。

ふと取ったその本は、「ドラマ」という雑誌で、その時、初めて脚本という仕事の存在を知るのです。

ようし!脚本家になるんだ!

かっちゃんは、ドラマ・脚本のコンクールに応募するのですが、何度も何度も落選します。

テレビドラマって全てパターンがあるんだそうです。それは、序・破・急。

例えば、

序・・・何らかの事件が発生して、

破・・・その事件に対して何らかの行動を起こします。

急・・・その行動によって事件が解決していく・・・。

少し勉強するとこういうバターンがある事はわかった。でも、何度応募しても落選するのです。

そこで、かっちゃんは、森田先生に教えてもらった方法を思い出し、応用してみるんですね。そう。「体で覚える」です。

例えば、有名な脚本家の作られた作品を、口に出して書く。口に出して書く。これを来る日も来る日も繰り返すんだそうです。

(かっちゃんは大好きな倉本聰さんの作品をよく使ったとの事です)

そして、口に出すスピードと書くスピードが同じになった頃、テクニックやノウハウは全て吸収できているのだそうです。

口に出すスピードと書くスピードが同じになった頃、かっちゃんは思ったそうです。

「これで、応募すれば、入選する・・・。」

そして本当に、その年のコンクールに入選。はれてプロの脚本家としてデビューをします。

森田先生から伝えられた、西川さんの「体で覚える」この時も実証されたのですね。

又、この方法は、お弟子さんの教育にも使われているんです。

脚本家にとって、“新たな脚本家が現れる”というのは、敵を増やすと同じことです。

ところが、脚本になりたいという方はとても多く、今まで、西川さんは4人のお弟子さんを受け入れているんですね。

そのうちの3人は、有名大学を出られ、すでに雑誌に掲載などもされている、頭脳明晰で実績もある人。

そしてもう1人は、高校もろくに行っていなかったような、もちろん、文章だって書いたことはない。でも、脚本家になりたい!という気持ちだけはとても強かったのでした。

西川さんは、この4人に同じように約束をするんですね。

1週間に1回、プロットを考えて提出すること。そして、毎日、西川さんに、メールを入れること。

この2つ。この2つを3年間続ける、という約束です。

プロットとは、シナリオの構成が分かるように書かれた、物語の“あらすじ”のことです。

ご自分の仕事の一部、プロットづくりをお弟子さんにやらせてみたのです。

西川さんには、2年半~3年、どんなに苦しくとも続けることで、「体で覚える」ができれば、モノになる。という考えがありました。

「だから、3年は続けろよな」と約束をしてからのスタートです。

有名大学を出た優秀な3人の方は、約半年で、すばらしいプロットを書ける様になりました。

ところが、もうひとりの方は、なかなか上手になりません。

上手になった3人は、もう自分達は、独り立ちできる!と信じ、西川さんにお願いします。「デビューさせて下さい」って。

ところが、西川さんは、こう言いました。「それは話が違うんじゃない?3年続けるという約束だっただろ」

その3人は次第に、最初の約束、1週間に1度のプロットの提出と、1日1回メールをする事。この2つの約束が守れなくなります。

反対に、プロットがうまく書けなかった彼は、毎日、毎週、きちんと提出しています。しかし残念ながら、そろそろ3年が経とうか、という頃になっても、なかなか良いプロットが書けません。

「だめなのか・・・?」と徐々に心配になってきたある日、驚くほど素晴らしい、プロットが出来上がってきたのです。

それを見て、西川さんが思ったのは・・「盗作か?」でした。

ところが、その後、彼が書いてくるプロットは、次も、又次も、それこそ、見違えるように素晴らしいものばかりになったのです。

それは、ちょうど、彼が宿題を始めて3年が経過した時でした。

今、その彼はプロとしてデビューし、優秀だった3人は、脚本家の世界にはいないそうです。

西川さんは、この3年間、どんな思いだったか、彼に聞きました。

すると、彼は、辛くて辛くて、本当に苦しかった。いつも不安だった・・・。と涙ながらに言ったそうです。

でも、西川さんは言うんですね。

多分、その苦しさ、辛さ、不安は4人共、みんな同じはず。優秀な3人は、それに耐えられなかった。でも、彼だけは耐えることが出来た。

そこで西川さんはこう言われるのです。

才能があるとか、無いとか関係ない、頭が良いとか、悪いとか、関係ない!そこにあるのは、「好き」か「嫌いか」なんだ!って。

とことん好きで、のめり込むことが出来れば、辛さ、苦しみ、不安も、乗り越えられるんだ!って。

今、プロとしてデビューされたお弟子さんはこう言うそうです。

「あの3年間はなんだったんでしょうね?(笑)」って。もう、すでに乗り越えた苦しみや辛さは、大したことは無かった、って思われているようです。

娘さんのことまで書くと、長くなりすぎなので、割愛しますが、娘さんも「好き」なことを見つけて今、アメリカにいます。

又、この娘さんもなかなかドラマチックなので、是非、メルマガのバックナンバーをご覧ください。

https://www.age18.jp/back283.html

https://www.age18.jp/back283-2.html

西川さんは言われるんですね。「好きなことを見つけさせてあげて・・・!」「そうすれば何があっても大丈夫!!」って。

ただね。「子供に好きなことを・・・」だけじゃなく、親にもちゃんと、「こうしなきゃね」って、実例をあげて、教えてくださいました。

それは、西川さんは、お弟子さんにプロットを任せた時、そのプロットが上がってくるのをお待ちになった、という事なのです。

西川さんとしては、自分がやった方が早いに決まっています。

ところが、お弟子さんに、やらせるように決めたのですから、それが使える事を前提に、上がってくるのをお待ちになったのですね。

そして、その上がってきたプロットを見て、「使えない」と判断したら、急遽、ご自分が作られたのです。

西川さんは言われます。「育てる、って事は『待つ』って事ですよ!

何もしないで待っているとイライラします。だけど待つんです。

親って言う字は、「木の上に 立って、見る」って書くでしょう?

是非、子供が出来るまで『待ってあげましょう』」って。「何があっても大丈夫」「こうすれば子供は育つ」約2時間。とても良いお話を聞かせて頂きました。

ご興味のある方はこちらをお読みください。

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