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第569号 “当たり前”

こんばんは。パピーいしがみです。

8月も、もう後半に差し掛かってきましたね。

「あれ、今日はちょっと涼しいかも?」という日がちらほら・・・。

でも、まだまだ暑い日は続くそうです。

海の温度がなかなか下がらなくて、サンマもあまり獲れないとか・・・。

毎年楽しみにしている秋の味も、もうちょっと先かな~(^^)

と待ち遠しいです♪

さて、今日のメルマガは“当たり前”について、

お話ししたいと思います。

手前みそで恐縮ですが、私は若いころから、

自分の将来は「こうしたい、こうなっていたい・・・」

という事をよく考えていました。

その為に勉強もしましたし、いろんな本も読みました。

結果・・・その当時、思い描いていた夢や目標は、

驚くほど、そのほとんどが現実になっています。

(もちろん、今、進行中の壮大な夢?目標?もあります♪)

昔からの知り合いは、

「なんで、お前はそんなにツイてんだ?」

「お前はいいよな~、悩みやストレスなんか無いだろう?」

なんて言われます。

私自身「自分はラッキーだな~、ついてるな~」と思いますし、

「ストレスも・悩みも・・・確かに無いな」って思います。

ですが、私自身ある時期までは、何もかも上手くいかず、

とても悩みやストレスも多く「何で俺はツイテいなんだ・・・」

「俺って最低だ・・・最悪だ・・・」なんて思う事も良くありました。

でもその頃と今と、確実に違うのは、

今日お話しするこの“当たり前”の考え方なんです。

私達がより自分を高めたり、向上させたい時、

常に上に向かって歩もうとしますよね。

今の状態で満足するのではなく、もっともっと・・・って。

向上していく為には、今の状態で満足しては難しいんですね。

それは、すでに今できることを

“普通にできる状態(当たり前)”と思わなければなりません。

ですから“自分”を育てる時にはこの気持ち。

“当たり前”はとても大事なのだと思います。

ところが・・・それが強すぎると限界がやってきます。

どんなに一人で頑張っても、それは「一人分」でしかなくて、

それより「もっと」を実現する為には、

やっぱり「人からの協力」が必要なんですね。

人から協力してもらう事で1+1が2にも3にもなってきます。

自分を育てる為の“当たり前”の気持ち。

でも、それを自分以外の人に置き換えると、

他と比較にならないほどの、大きな反発を招くんです。

そしてその反発が自分の成長さえも抑えてしまう。

すると、どんなに向上心があっても上手くいかないんですね。

例えば、仕事で自分の部下が良いアイデアを出したとします。

皆が彼を誉めたたえている時に、上司である私が、

「もう入社5年目なんだから、その位できて当然、当たり前!」

と言ってしまったとしたら、彼はがっかりするでしょう。

又、常に常に私がそんな態度だったとしたら、彼はやる気をなくし、

そんな事ばかり言う私に「協力したい」などとは思わなくなります。

すると私に「もっと大きな仕事をしたい」

「リーダーシップを発揮したい」という目標があったとしても、

(部下の協力を得られないのだとしたら)

それは間違いなく、不可能になります。

実は過去の私って、自分の周りの全ての人に、

そういう“当たり前”をいつも押し付けていたんです。

いつでもどこでも、自分の常識を人に当てはめ

「この位できて当たり前」「できないお前はレベルが低い!」

「まだできないの?みんな当たり前にやってるぞ!」

「こっちは客だぞ、金払ってるんだからそんなサービス、当たり前!」

などなど・・・。

そんな私だったら、周りはみんな避けていきますよね(笑)。

当然、協力してくれる人はいなくなり、孤立はするし、不満は募る。

もう、あなたなら、すでに気がつかれている事でしょう。

そう。私は、自分の周りに起こる不幸や不満が、

「自分自身が作りだしている」事に“全く”気がつかなかったんです。

常に不満の種を撒いていたのは、まぎれも無い「私」だったのです。

私は、人材育成の勉強をする中で「認める」事を学びました。

それを仕事で活かし始めた時、周りが変わっていくのを感じました。

そして自分が「こうしたい」「こうなりたい・・・」という

思いにも協力者が現れ、現実に向かい始めたりしました。

ところが一歩進み、二歩進み・・・を実感していると、

いきなり二歩後退したり、三歩後退したり・・・。

一進一退という言葉が有りますが、

何だか上手くいかないのです。

なぜそれが起きるのか、その時は分かりませんでした。

でも、今は、よ~く分かります。

上手くいかない時、私は昔の“当たり前”が表に出てきていたのです。

「認める」「褒める」は口先だけの

【テクニック】になってしまっていたのですね。

病気の時には、苦しい思いをしますよね。

もうこんな風にならないように、節制して、

一日も早く「病気を治そう」と思います。

日に日によくなる自分に喜びを感じ、生きている事に感謝したりします。

しかし病気が治ったら、次は「早く社会に復帰したい」と思います。

社会に復帰したら、一日も早く「以前のようにバリバリ仕事したい」

「もっと頑張りたい」と思います。

でもその時には、病気だった時の気持ちって薄れているんですね。

苦しんでいた事や、回復している時の喜びって忘れてしまうんです。

今ある事が“当たり前”になってしまうんですね。

「のどもと過ぎれば熱さを忘れる」です。

少なくとも、私はそうでした。このように、

すぐに“当たり前”になってしまう自分がいる。

すぐに“当たり前”を人に押し付ける自分がいる。

せっかく知った喜びや感謝をすぐに忘れてしまう。

そんな“当たり前”になってしまう自分を律しよう。

今あることが“当たり前”だと思わないようにしよう。

辛い事、苦しい事、思い通りにならない時だって、

“それがあるのが自然なんだ”って事。

もし、今、ラッキーなら、悩みが無いなら、

喜びに満たされているのなら・・・、

その気持ちを「忘れないようにしよう」としたのです。

私にとってその“当たり前”を律する日が1年に1回あります。

それが先週の日曜日。8月15日でした。

ご存知、終戦記念日です。

毎年この日には、戦争にちなんだ映画やドラマが放映されます。

今年は「帰国」というドラマでした。

八千草薫・石坂浩二・ビートたけし・・・という大御所から、

長渕剛・小池栄子。小栗旬・堀北真希・向井理・塚本高史

という今、若い方にも注目の豪華なキャストが一同に集まり、

きっと老若男女、沢山の方々がご覧になったと思います。

画家や音楽家を目指していた若い学生。

一心不乱にスポーツに取り組んでいた青年。

そんな夢や希望さえも捨てねばならなかった時代。

愛する人と別れ、離れ離れにならざるを得なかった女性。

子供を育てる為、生きる為に、なりふり構わず生きた母親。

そういう時代が実際にあったんですよね・・・。

今の“当たり前”など通用しなかった時代です。

それから・・・なんと音楽に、以前、このメルマガでもご紹介した、

樋口了一さんの「手紙~親愛なる子供たちへ~」

が使われていた事も、驚きでした。

(マッキーさんのご主人が編曲に携わっているんですよね♪)

なので、よりこのドラマに入り込んでしまって、

私には「俺達、私達がいた事を忘れないで・・・」

「沢山の人に伝えてほしい」と言われているように感じました。

もちろん

「今、お前がいる世界は決して“当たり前”ではないんだぞ!!」

と言われているようにも・・・。

そして同時期に、会員さんからこんなメールも頂いていたのです。

ココから・・・

(前略)

今のお兄ちゃんには、大げさでなく、

頑張ってることを「頑張ってるね。」って

言って認めてあげるだけでもいいのかな、って思って、

それをこころがけています。

そしたら、最近すごく素直なんです。

「ありがとう」なんていう言葉もよく言ってくれるようになりました。

改めて子供って、すごいなって思いました。

そして8月1日、8日のメルマガ。私も読んでいて泣きました。

なんていうか、お母さんたちの頑張り、息子さんたちの必死のSOS,

パピーさんの存在、うまくいえないんですが

本当に人事でなく・・・

子供たちが元気でいてくれる事、本当に有り難いなって・・・。

じつは去年見た夢で忘れられないものがあります。

お兄ちゃんを戦争に送り出す夢なんです。

海を渡って戦地に行く息子に

「もうこの家に帰って来られなくなるかもしれないけど、

どうか生きていて」と今生の別れを惜しむ夢です。

今思い出しても涙が出てきますが(夢なんですけど)

65年前には日本中で実際にそんな別れがあった事を思うと、

本当に今の幸せを有り難く思います。

ココまで・・・

私は、もちろん戦後の人間ですし、

私が戦争を語るのも、軽々しいと思っていたのですが、

このメールを頂いた時に、すごくうれしくなったんですね。

メールを下さったまちゃぴさんは、

私よりもお若いのにもかかわらず、そういう時代が有った事。

ご自分に置き換えたら、どんなに辛かったろう・・・

と考えてくださったこと。

そして、その根底には「今を当たり前に思わないように!」という、

私と同じ気持ちがあるんだな~、って感じたんですね。

そこで「もう少し詳しく教えてもらっていいですか?」

と聞いてみました。

まちゃぴさんは、こんな風にお返事くださいました。

ココから・・・

母の日には嬉しい手紙で泣かせてくれた息子ですが

違う意味で泣いたこともいっぱいありました。

そんな息子がある日、私の夢の中で

「戦争に行く」という事になっていて、

海を渡って大陸へ行くというのです。

生意気盛りの息子ですがまだたったの13歳。

苦労して授かり、病気や怪我など乗り越えながら、

育ててきた息子にかけた【最後になるかもしれない言葉】は

「もしかしたら、もう家には帰ってこれなくなるかもしれない。

でも、それでもいいから、どうか生きていて!」

というものでした。

もう二度と会えないことを覚悟した別れです。

まさに今生の別れ。

もう会えないかもしれない息子に最後に望んだ事は、

ただ「生きていて」くれるだけでいい。というものでした。

そんな気持ちのまま朝、目覚め、

いつもどうり朝食やお弁当を作りながらも

ずっとその気持ちを引きずったまま。

でも「ああ、最後じゃなかった。よかった!」としみじみ思いました。

本人にも「こんな夢を見たんだ」といって話ましたが、

私がその時の気持ちで泣きそうになっているのに対し

当の本人は「ふ~ん」って感じで、

まったく実感がわかないようでした。(そりゃそうですよね;)

私自身、この時の夢のこの別れのシーンをすごく覚えているので

(普段は忘れているんですが)

戦争の話などになると必ず思い出します。

(そして泣きそうになります)

そして、この夢の世界が現実だった世代の方たちの悲しみや、

苦労を思うとともに今、

普通に食事を作って送り出せる事の幸せを有り難く思うのです。

この夢を見たことでテキストのお話が

「本当にそうなんだな」って思えた気がします。

この夢を見たことは多分、息子に手を焼いていた私にとって

「必要にして善」だったんだと思っています。

でなければ、夢をこんなにも何度も思い出し、

そのたびに涙することなんてないでしょうからね。

お忙しい中読んでくださってありがとうございました。

これを書きながら、また泣いてるまちゃぴより(泣笑)

ココまで・・・

まちゃぴさん、貴重なお話しをありがとうございました。

まちゃぴさんのメールに、

> この夢を見たことでテキストのお話が

> 「本当にそうなんだな」って思えた気がします。

とありましたが、テキストの第7章で、

「今ある“当たり前”、実は“当たり前”ではないんですよ」

という事を、別の角度から考えて頂いています。

私はこの「当たり前」を捨てることで、

世界がガラッと変わりました。

それ以前とそれ以後。

全く違う人生を歩み始めた、と思っています。

“当たり前”からは不満しか生まれません。

でも、“当たり前”を捨てると、

喜びや笑顔、感謝や、幸せに包まれます。

「自分」ではなく、「周りが」変わります。

もし今、あなたが悩み苦しんでいるとしたら、

もしかしたらそこには“当たり前”の気持ちが有るかもしれません。

自分の成長に必要な“当たり前”と言う気持ち。

でも、それが自分以外の人に向けられると大きな反発に変わります。

当然その反発は、あなたに苦しみと悩みと怒りをもたらします。

例え、それが我が子でも(長年連れ添ったご主人でも)・・・です♪

ご参考になりましたら、幸いです(^^)

残暑はもう少し続きそうです。

どうぞ、体をいたわって、元気にお過ごしくださいね♪

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