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第283-2号 夢が叶った!2 娘さんのその後 号外

お待たせしました。パピーいしがみです。

昨日はすみません。全部入りきらなくて・・・・。

お約束どおり、今日は昨日の続きです。

昨日は、娘さんの一時帰国した様子までお話しました。

今日はそこからです。

ちょっとダブりますが、その様子から続きます・・・。

ココから・・・・・・・・・・・・・・

娘さんは高校2年生からカナダで暮らす事になりました。

この時、娘さんは日本に一時帰国をします。

たった一年の海外生活は、娘さんに数多くの自信を植え付けたようです。

背筋を伸ばし、胸をはり、凛と前を向いて颯爽とあるく姿。

ものおじせず、自分の意見をはっきり言える姿勢。

明るい笑顔。イキイキとした表情。

そこには1年前の面影はなく、毎日を充実して過ごす、

希望に満ち溢れた姿がありました。

高校2年生の娘さんは、カナダでも一所懸命勉強したそうです。

カナダには、日本のような受験戦争はありません。

しかし、単位が取れなかったり、成績不良者は留年となります。

海外での留年は、私達が考えるよりも、ずっと

「恥ずべき事」とされ、学生は留年だけにはなるまいと、

必死で勉強をするのだそうです。

そして、娘さんにはもう1つの思いがありました。

それは、

「私がダメだったら、日本人全員がダメだと思われる」

そう。自負心です。

「自分は日本の代表!」のような感覚を持ち、

それが常に自分自身を鼓舞させてくれていたのだそうです。

カナダで高校3年生となった娘さんは、

アメリカには飛び級の制度を持つ大学がある事を知ります。

高校3年生でありながら、大学生にもなれるのです。

お父さんから20歳まで、と言われていた娘さんにとって、

大学へ行ったら卒業は22歳。

少しでも親の負担を減らしたいと思ったのでしょう。

大学への入学を希望し願書を提出。

見事、シアトル大学に合格。

カナダからアメリカへ・・・。

ところがココで試練が訪れます。

アメリカは、テロの影響で、留学のビザが非常に取りにくいのです。

例えば、親がアメリカに住んでいたとしても、

アメリカ以外に住んでいる子供がアメリカに留学の希望をしても、

許可されない・・・それほどなのだそうです。

娘さんは、カナダでビザを取るため奔走しましたが、

自国(日本)でアメリカ大使館に掛け合った方が可能性が高いと

アドバイスを受け、日本に帰ります。

そして、帰ってくるなり、日本のアメリカ大使館に申請をしますが、

半年から1年は掛かるとの事。

「アメリカはおかしい!」

「大学は許可しているのに、どうして国が許可しない!」

「アメリカが間違っている!」

必死の抗議も却下。

その日は、肩を落として帰宅します。

しかしどうしても納得できない娘さん。

翌日も大使館に乗り込んで又、抗議。

大使館の方々もその熱意に折れたのでしょうね。

どれだけ英語がしゃべれるか?

何人もの係官と面接をして、3・4時間の末、

なんと、申請からたった2日でビザが発行され、

アメリカへの留学が許されたのです。

この成績では行く高校がない、と言われた娘さん、

2週間で美容院の仕事に挫折をし、いわば、ニートだった娘さん

いじめの怖さと恐怖にふるえていた娘さん。

その1人の女の子が、自分の道を見つけた瞬間、どんどん変化し、

すばらしい世界を切り開いているのです。

西川さんは仰いました。

「あの時、腹をくくって、海外へ行かせてよかった。」

「石神さんも言っておられましたが、

子供は「自らやろう」と思った時、すごい力を出すんですよね」

って。

ちなみに娘さん。今の考え方は世界規模なのだそうです。

そして、友だちも世界規模。

中学までの日本の友だち。

アイルランドでの友だち。

カナダでの友だち。

そして、アメリカでの友だち。

インターネットを使って、メールを使って、

世界中にいる友だちとやり取りをしているそうです。

同くして家を出て、同じ寂しさを感じ、同じ苦しみを味わい、

同じ喜びを得てきた仲間との結びつきはとっても硬いのだそうです。

又、そうやって海外で知り合った子供達の多くは

とてつもない大金持ちの子供、王室の子供、大統領の親戚。

そういう友達がわんさといるのだそうです。

きっと彼女のこれからの人生に、

とてつもなく大きな財産になるでしょう。

そうそう。後日談ですが、

アイルランドにも日本人の留学生が30人ほどいたのだそうです。

しかし、その約半数は半年ほどで日本に帰ってしまったという事です。

そして残った子供達は全員、

『自分の意思で留学を決めた子』だったのだそうです。

まさに、

『自分の意思で「やるぞ!」と思った子』だけが残ったのです。

さて、その後も話しは続きました。

それは、「ひまわりのかっちゃん」が発表されたあとの話です。

北海道生まれの西川さんがご自分の小学校時代のお話を

本に書かれ、それを知った当時の同級生の皆さんが、

クラス会を開いてくださったのだそうです。

その時まで、西川さんは、ご自分だけが先生に特別よくしてもらった

と思っていたのですが、

「実はそうではなかった」という事が分かったのです。

なんと西川さんのように、森田先生とお会いした事で、

先生から自信を与えてもらい、その後の人生が変わった。

と言う人が同級生の中にも何人もいらした、

という事が分かったのです。

それだけ、森田先生がされたきた「認める」「褒める」「包む」

は沢山の子供達に影響を及ぼしたのですね。

その中で1つの例を教えていただきました。

その子も当時、勉強が苦手で病弱、

貧しい家庭の子供だったらしいのですが、

森田先生が、「もっと丈夫になれるように」って

町の柔道場へ連れて行ってくれたのだそうです。

そしてその様子をじっと見ていた森田先生が

「お前は柔道のセンスがある。

勉強なんかしなくていいから柔道を頑張れ!」

と言ってとっても褒めてくれたのだそうです。

それから、その子は一心不乱に柔道をやって、

仙台の高校に入学、その上、全国大会に行くようになって・・・、

きっと自信を深めたのでしょうね。

今では某信用金庫の支店長なのだそうです。

そういう話がいくつもいくつも、

俺もそうだよ。俺も・・・、私も・・・。というのを聞いて、

「自分だけじゃなかったんだ」

と西川さんは感慨を新たにしたのだそうです。

又、この森田先生は、校長先生にまでなられたようですが、

今では珍しくない校長室の開放

(ドアを取り払って自由に子供が入る事ができる)を

日本で一番最初にされた方なのだそうです。

まだまだ沢山のお話を頂きましたが、

西川さんは、こんな事を最後に仰いました。

「きっと僕は、ADD・ADHD(注意欠陥・多動性障害)

だったのだと思います。

でも、「やろう」とした時、自信を持った時、

自分から乗り越える事ができた。

今、そういう狭間にいる子供達は沢山いると思う。

でも、是非勇気を持ってもらいたい。

諦めずに自信をつけさせてあげて欲しい」

約2時間お話をしていて思いました。

やはり

「自ら『やろう!』とした時に、子供達の能力は爆発的に開花する」

「それには、子供に自信をつけてあげるのが一番だ!」って。

これで、お話は終わりです。

でもね。私があなたにお伝えしたいのは、

「いい本だから読んで!」とか、

「感動して!」という事ではないのです。

森田先生がやっていた、「認める」「褒める」「包む」

で沢山の子供達が、自分自身で努力を重ね、自信を付ける事で、

自分の能力をどんどん伸ばし、すばらしい成長を遂げている、

という事。

そして、そうやって成長した方々もまた、

ご自分のお子さんに、それを教え、子供達も自分で乗り越え、

同じように成長していくんだ!という事。

それから、もう1つ。

あなたも「森田先生になれるんですよ!」という事。

あなたが、あなたのお子さんにとっての「森田先生」になれるんです。

西川さん。貴重な時間、そしてすばらしいお話をありがとうございました。

また、次回、お会いできる時を楽しみにしています!!

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