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第524号 みんな繋がってる

こんばんは。パピーいしがみです。1週間のお休みをありがとうございました。

父の急逝で、沢山の方からお悔やみや励ましのメールを頂きました。ありがとうございます。

又「メールを送れば仕事を増やすことになるから・・・」と、気を使ってくださった方もおられたようです。

お気づかい頂いて、ありがとうございました。

おかげで、たくさんエネルギーをいただきましたし、しっかり休みむことができて、今、とっても元気です(^^)

おかげさまで、今まで体験したことの無いような忙しさからは解放され、かなり落ち着きました。ありがとうございました。

今回の件、確かに突然ではありましたが、私には「いつか必ず来る事」「死は終わりではない」という考えがあって、私自身は、それほどのショックはなかったのですが、

実は一つだけ、心配がありました。それは、残された母のことです。

母についてはあまりお話しをした事もなかったのですが、今、昨日の出来事も忘れてしまう傾向のある母が、毎日世話をしていた夫を亡くし、大きなダメージを受けないか?

今後、これを期にその症状が進行してしまわないか?これはとてもとても不安でした。

ですが、私は実家のすぐ横に住んでおります。父が亡くなって、はや十日経ちますが、毎日何度か顔を出し、くだらない話をし、笑い合う事で、今、母もとても落ち着き、以前の状態に戻りつつあります。

もちろん、その症状が進行してしまったとしても、「母の面倒は俺が見る!」という覚悟もあったのですが、今はただただ・・・「良かった」という安堵でいっぱいです。

という事で・・・今日から完全復活をして、こうやってメルマガで皆さんにお会いできること。とてもうれしく思っています。

今後とも、よろしくお願いします(^^)

さてさて、今日は、かなり長いです。(メルマガ2回分のボリュームがあるかも?です・笑)なので、適当に飛ばしてお読みください(^^)

今回、初めての身内の葬儀で本当に手探り状態でした。

特に我が家は分家でもあり、父の生家は遠方で宗派さえも知らず、今まで御寺さんとの付き合いもありません。

ですから、亡くなってすぐにやらなければならない儀式(枕行と言い、その儀式をする前には御線香もあげられない)がある事も知りませんでしたし、

当然その式には、和尚さんがいなくてはなりません。なので、父が亡くなった当日から、私は、感傷に浸る事も無く走り回ることになりました。

葬儀社さんには「もしかしたら、昨日、今日と亡くなる方が非常に多いので、すぐには対応して下さらないかもしれません」

「“お墓を買う”という前提がないと檀家にして頂けないかも・・・」(両親は生前、自宅近くにお墓を購入していました)

「電話だけでは来てくれません、こちらから伺わないと・・・」などと言われながらも、宗派ごとにいくつかリストアップして頂いて、上から順番に電話をしていきました。

ですが・・・きっと御寺さんも忙しいのでしょう。どこに電話しても、どんなに待っても電話を取って頂けないのです。

ですが、リスト最後にあった御寺さんで、わずかコール3回目に、ご住職本人が電話を取ってくださいました。

地獄に仏・・・いきさつをお話しして「是非伺いたい」とお願いし、時間を作って頂くことができました。

その時、もう午後の3時半でした。

ご住職は5時には用事があるので・・・と言われていましたが、私の話をじっと聞いてくださって、

意を決したように「分かりました。すぐに行って枕行を行いましょう」ご住職は無い時間を削って、自宅に来て下さる事になりました。

このご住職は、まだ若く(たぶん私と同年代だと思います)亡くなった御父さんの後を継いでおられたようです。

そして生きていれば、今年成人式だった・・という娘さんを、(娘さんが)12歳の時に亡くされていて、人の悼みや辛さにとても敏感な方だな・・・・と感じました。

そして何よりも、物事をはっきり仰り、明快で、豪快。それでいて偉そうな態度は全くありません。

私の希望を全て受け入れ快諾をして下さって・・・。今までの私の「僧侶」の概念を根底から覆すような方でした。

金額についてもとても良心的で「必要以上は不要!」と言われます。(親類に聞きましたら「爺さんの時の半分だ!」と驚かれました)

私は、数分話をしただけでファンになり、「この方と巡り合えてよかったな~」と深く感動しました。

リストにあった他の御寺さんで、全く電話に出て頂けなかったのも、「必要にして善だったんだ♪」としみじみ・・・でした。

そして、これは後で知るのですが、この御寺さん、私の住む地域では(葬儀社さんの)お勧めする優良住職の中でも「最優良」クラスの方で(もちろんとても忙しい)地元でも「良い和尚さん」で有名だったのでした。

葬儀社さんからも「最高の御寺さんに巡り合えて良かったですね~」と言われたほどで、ここで又“必要にして善”を強く感じました。

さて、前置きが長くなりましたが、その和尚さんの説法で、こんなお話しがありました。

今日、お伝えしたいのはその内容なのです。この和尚さんは若いころ、京都の東大寺で修業をされたそうです。

その東大寺には、一休禅師(一休宗純)という御坊さんがおられました。そう。あのとんちの一休さんです。

その頃、世はとても乱れていて、誰もが「いつ自分の命が亡くなるか分からない」という時代だったそうです。

そこで、一人の老人が一休禅師を尋ね、

「私ももういつ死ぬかわからない。身よりも無いし、死んでも誰にも送ってもらえないし、お経も上げてもらえないでしょう。

だから、今の内にどこに極楽があるのか教えてほしい。どこにあるのか教えてもらえれば、自分でそこに向かうから・・・」と言うのでした。

それを聞いて、一休禅師は静かにこう言いました。

「極楽は 西にもあらじ 東にも 北道さがせ 南にある」

老人は何のことかさっぱりわからなかったそうです。私達が聞いても???ですよね(^^)

ここで、先ほどの住職さんがこの意味を教えてくださいました。

「極楽は 西にもあらじ 東にも 北道さがせ 南にある」

「極楽(幸せ)は、どこかにあるものじゃない。それを探して、あっちに行ったり、こっちに行ったりしても、どこにもありません。見つけることなどできません。

だから『西にもあらじ 東にも・・・』なんです。

でも『北道さがせ 南にある』と聞くと、北にもあるし、南にもあるようにも感じますね。『西にもあらじ 東にも・・・』なのに変ですよね。

これは、東西南北の方向を表わしているのではなく、

『北道』(きたみち)とは“来た道”(自分の歩いてきた道)の事であり、『南にあり』(みなみにあり)とは“皆、身にあり”(全ては、自分の身の回りにあるんだよ)と言う意味なんです。」

「私達は、自分たちの身の回りにある幸せを「当然」だと思ってる。だから、何かあると自分は不幸だと考える。極楽に行きたいと考える。

本当は、自分の歩いてきた道には沢山の喜びや幸せがあったはず。

でも、その「喜び」「幸せ」を見ようともせず、常に人をうらやみ、今以上を望み、ねたみ、憤る。

来た道を探して御覧なさい。自分の身の回りを見て下さい。そこに必ず幸せがありますよ。

それを感じる事ができたのなら、その方は生きながらにして極楽を感じることができるはず。そういう意味なんですね・・・」

私は、ぞぞぞ~っと鳥肌が立ちました・・・。

「お・お・・・おんなじことを言ってる・・・・」って。

そして、住職さんは、こう続けました。「そう言うと、今まで自分の身の周りの喜びや幸せを感じてこなかった人は、自分はもう先は短いし、ダメだ・・。と思うかもしれない。

でも、違うんだよね。私達はまだ生きている。

あと1日生きたとしたら、今からすると未来だけど、1日後は「来た道」になっている訳です。

1年生きたとしたら、1年後に振り返ると、そこには立派な「来た道」が有るわけです。

だから、もし、今後悔を感じるのなら・・・今から始めましょう。

自分の身の回りにある幸せを見てみましょう。幸せを感じる目を養いましょう。きっと1年後、あなたの気持ちは変わっているはずですね」

どうでしょう?良い話でしょう?

今回、1週間、お休みを頂いていて、私はこのお話を『是非、メルマガで紹介したいな!』って思っていたんです。

そしたら・・・それに輪をかけて驚きのメールがありました。(私がこの話を聞く数日前に、毎日笑顔で☆さんから届いたメールです)

ここから・・・

今日は、私にとって忘れられない大切な一日になりそうです。

ですので、自分でこの気持ちを忘れないためにも、パピーさんにメールさせて頂きました。

お暇な時なんて無いでしょうが・・・お暇なときに読んでいただければ嬉しいです。

聞いていただきたいことは2点。娘のその後と♪もう1点は今日の出来事です。

まずは娘のその後です。年末は私の仕事が忙しく、お迎えは毎日最後だったためか、娘は3歩進んでいたのが2歩下がっていました(笑)

ですが、昨年ご相談して以降、娘の様子が変わっても私の有るべき姿はこれで良いんだ♪と、落ち着けるようになった私も発見できました!

そして、元旦に保育園の先生から年賀状を頂いたんです。年賀状には【もうすぐメロンさん(年中組さん)ですね♪】の、一言を家族で『キャ~』と、喜びながら読んでいたんです。

その瞬間以降、娘の変わり様といったら、びっくりです!!!!!!!

それまでは、平日(=保育園の日)は朝のお着替えはダラダラしがちで、最後には私が手伝うこともあったり・・ついつい『早く早く~』とせかしてしまったり・・だったのです。

極力、朝余裕を持って準備をして、時間がかかっても良い様に起きているつもりでも、出発の時間は決まっていますもんね。

イライラはしないものの、毎朝一緒の光景だったんです(笑)

そんな娘が☆何を言わずともサッと着替えるんです。自慢げに!!!

自分から朝ごはんの後のトイレに行ったり!!(便秘になりやすいので習慣にしようとしてまして)別人のような変身ぶりに私のほうが驚いていて・・・

狐に包まれたってこの事ですね。

それを、素直に表現するようにしていたら、また、嬉しいんでしょうね♪良い感じのゆったりとした空気が流れています。

旦那さんに『先生の年賀状以来、○○のお着替えすごいな~』と、話していたら『この前○○が早く着替えた時に、お前が(私の事です)オーバーに誉めた時からちゃうか?』と♪私が旦那さんに見てもらえていたんです♪嬉しかったです~♪

とっても、新年から良い雰囲気です。

これからも、焦らず・ゆっくりと、娘も私もお互いまだ3年目。しっかり、向き合って娘と旦那さんのことを見ていきたいと思います。

長くなったのですが・・・今日、聞いていただきたい本題は2点目なのです。

友人のことなのですが、私の大切な友人の事です。出産予定日を2週間過ぎていた、友人のMちゃん。

お正月明けに、【お医者様との相談で明日入院しましょう、と言われたよ。】(陣痛誘発剤を使って出産予定となったそうで)と、メールをくれたので、友達4人とメールで「頑張れ~!」と、応援していたんです。

次の日の朝には入院しているはずなので、入院の日から今朝で、まる2日。まだ仕事中だった夕方には2日半が過ぎていました。

何の連絡も無かったんです。

産まれたらすぐに、連絡が入るはずだったので、1日経った位までは仲間内で「まだ頑張ってるかな~?」なんていう、メールのやり取りをしていました。

それが時間がたつにつれて、応援のメールを送れなくなり、「メールを送っている場合じゃないのかもしれない・・・」という、様々な考えが頭の中を巡る様になって仕事も手につかない。

今日1日色んな事を考えました。「まだ、Mちゃんは陣痛で苦しんでいるんかな?」「赤ちゃんもお腹から出れずに2日間も頑張ってるんかな?」

「もしかして、もうとっくに産まれてるんかな?」本当に、心配で、心配で、心配で・・・。たくさん、たくさん考えました。

赤ちゃんを、本当に楽しみにしていたマタニティ姿のMちゃんが、いま、どういう状況なのか。心配で、心配で・・・。本当に本当に心配でした。

娘の出産も長時間かかり大変だったこともあり、丸2日以上のMちゃんの状況を考えただけでも涙が出てしまい・・

そして、さっき仕事が終わってすぐの、ちょうど2日半経った頃、Mちゃんから電話がありました。

2日半とっても、とっても大変だったこと。でも、母子ともに健康であること。Mちゃんの骨盤の形のためか、陣痛があるにも関わらず、赤ちゃんが出て来れず、最終的に帝王切開での出産となったこと。

電話しながら、久しぶりに声をあげて泣きました。あんなに泣いたのはいつ以来かわかりません。嬉しくて、ホッとして、安心して、嬉しくて・・・。

Mちゃんと赤ちゃんが一生懸命頑張っていた時間のことを考えると、また、涙が出ます。良かった、本当に無事で良かった。

Mちゃんも、赤ちゃんも本当に無事で良かった!

いま、毎日、仕事でクタクタなんです。

でも、保育園に迎えに行くと娘が『おかえり~』と、飛びついて来てくれる毎日が・・・。旦那さんとの些細なことでのケンカにイライラする自分が・・・。

どれほど、当たり前のことになってしまっているのか。でも、それが、どれほどありがたい=有り難いことなのか。

【有り難い】を、初めて実感しました。

パピーさん。Mちゃんが経験したことで、実感させて貰えました。

いま、こうして、私と私の家族が毎日をケンカしながらも過ごせている毎日が本当に素晴らしいことなんだ、と。

講座やメルマガで理解していたつもりの【有り難い】の意味。受け継がれている命の大切さ、についても考えました。

こんなに整った医療のある時代で、赤ちゃんが産まれて来るのに2日半もの間、頑張り続けて出産をしたMちゃん。

いま、私がここにいるのは、そんな医療も整っていない時代のわたしと、旦那さんのお母さん、そのまた、お母さん達が頑張って、その時を生きて、命を大事に育ててくれたからなんですね。

どの一人の方が居なくとも私はいま、ここに居ないんですね。きっと、これから私はMちゃんに会うたびに思い出すと思います。

Mちゃんの赤ちゃんに会うたびに、この気持ちを忘れないと思います。本当に、いま、メールをしていても嬉しくて☆涙が出ます。

もし、パピーさんにお会い出来ていなかったら、今日の事への受け止め方が違っていたと思います。

【出産大変やったな~心配したんやから~!本当に無事で良かった!!】それ以上の考えにまで及んでいたかどうか・・・

少なくとも【有り難い】を実感した、と、考える事は無かったと思います。

パピーさん、厄年の私ですが(笑)2010年はとっても良い1年になりそうです(^^)いえいえ、幸せと笑顔いっぱいの1年になり感謝します!!

新年早々、いのちの大切さについて、熱く語ってしまいました♪この気持ちを忘れたくなかったので、パピーさんに長々とメールしてしまいました。

お忙しいのにお付き合いくださりありがとうございました。

まだ冬はこれからですね。どうか、パピーさん☆ご自愛下さいませ。

毎日笑顔で☆より

ここまで・・・。

毎日笑顔で☆さん、メールありがとうございました。メルマガ紹介へのご許可もありがとうございます。

Mちゃんと赤ちゃん。ご無事だったようで、本当に良かったですね♪

それと、素晴らしい気付き・・・。毎日笑顔で☆さんの、何よりの財産になると思います(^^)

今回、私の父の命の終わりに際して、すばらしい住職さんとの出会いがあり、感銘を受ける話を聞けた事。

また、期を同じくして、Mちゃんの赤ちゃん(命の)誕生。おかあさん(Mちゃん)の頑張り・・・。

それによって感じた毎日笑顔で☆さんの【有り難い】の実感。私が聞いた「来た道さがせ、皆、身にあり」の話。

同時期にこれだけの事が同時に起きて・・・ちょっとすごい・・・って感じませんか?

これって、すべてリンクしているみたいです。ちろん、私だけでなく、こうやって読んでいるあなたも・・・。

こんな時、私は思うのです。「やっぱり、みんな繋がっているんだよ♪」って。

確かに父の死は、喜ぶべきことではないのでしょう。ですが、それも必ず起きる事。

それを嘆き悲しむ事も、もちろんできますが、私は、そこから何かを学びたい、何かをつかみたい。

喜びとなる、幸せとなる、次なる何かを見つけたいと思っています。そして「見つけたい」と思っていると・・・見つかるんですね。(^^)

住職の話にもありました。

「だから、もし、今後悔を感じるのなら・・・今から始めましょう。自分の身の回りにある幸せを見てみましょう。幸せを感じる目を養いましょう。きっと1年後、あなたの気持ちは変わっているはずですね。」

そうですよね。起きる事が全く同じだったとしても、そこに「幸せを感じる目」が養われていたら、私達の見方、考え方も全く違うでしょう。

当然、私達の影響をもろにうける子供達も・・・。そうなると、これからの人生も全く違ってくると思います。

又・・・喜びを感じる人には、より喜びが集まってくるし・・・。私達の身の回りに「起きる事」も確実に変わってきますしね♪。

私も今以上に、幸せを感じる目を養おうと思います。あなたも一緒に・・・いかがですか?(^^)

ご興味のある方はこちらをお読みください。

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